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植木屋

Author:植木屋
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街路樹
6月5日から、メイプルホールのロビーで
「箕面の景観を考える会が主催する街路樹を考える(例によってかなりアバウトです)」というパネル展が開催されているので、覗いてきました。
昨年の12月でしたか、市民活動センターで「街路樹を考える会(?)」が開かれ、それにも参加したので今回のちょい覗きになった次第です。

そこでの会話。
「中井さん、お宅は専門家やからなんか、良いアイディアありません?」
「あ、それやったこんなんどうです」
前からずーっと考えていたアイディアを披露した。

1、街路樹の管理作業を毎年業者を変更させるのではなく最低でも5年スパンぐらいで決まった街路樹を任せる。
  この事で作業が通年作業になり刈り込みにふさわしい時期に作業ができるようになる。
  その業者が責任をもってやることで、無茶苦茶な刈り込み等が防げる。
  仕事の上手・下手がはっきりするのでおろそかな作業が防げる。
  
2、紅葉を楽しんでから剪定作業を行うのか、落ち葉の掃除が大変なので早めの剪定をするのか、個人の意見ではなく、沿道の自治会と業者で意見集約を行い、選定時期を決める。
  これも、市の街路樹の管理というより、我が家の植木を植木屋さんが手入れに来るような感覚になってくれれば良いのだが。

3、業者側にしても、最低でも5年間の通年作業が確定することで、労務管理がやりやすくなる。
  入札業者は常にこれで泣かされる。大手業者ならともかく零細業者は、落札に成功するか否かで仕事量が大きく変動し、常雇の職人さんを抱えられない大きな原因となってしまっている。

4、市への苦情が激減するのではないか?
  
もっとも、これらの場合、業者がどれだけ地元住民と良い関係を保っていくのかに係ってくる。
業者が、もうけ主義に走るのではなく、愛着をもって街路樹に接してほしい。
ま、結局のところ、業者次第ですけどね。
その業者を、如何に育てていくかというのも市民の大きな仕事になってきますわなぁ。

以上の理由を述べて。
「うーん、良いアイディアやね」
と自画自賛する私に。
「そうですかぁ?。そんなに上手くいきますかぁ?」
と半信半疑なご様子。

毎年、猫の目のように管理作業をする業者も、担当職員も変わり、そのたびに変わる街路樹を見ているより、「ワシがこの街路樹は育ててるんや!」と植木屋さんが胸を張って作業に当たってくれれば、まちの景観も大きく変わると思うのだが。

街路樹も、我が家の植木も同じように愛着をもって見てもらえれば、町も見違えるようになると思う。
なってくれればいいな。
きっとなるって。
皆で街路樹を育てようょ。

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テーマ:ひとりごとのようなもの - ジャンル:日記

植木屋日記 | 15:05:20 | Trackback(1) | Comments(0)
驚愕
今日8月27日、大阪市内に出る用事が出来たので8時30分過ぎの通勤準急に乗った。
牧落駅は、2番目の駅ということで運良く座れた。
お隣は、二十歳くらいの女性。
友人2人で乗っているらしい。

私が座って間もなく、少し大きな声で話し始めた。
足を組んで足の裏を私のズボンの方に上げた。(スカートをはいていたと思うのだが)
鞄からおにぎりを取り出して食べ始めた。

おにぎりを食べ終わると、又、少し大きな声で雑談。
「ま、若いねんからしゃーないか」

話しの途中で、鞄からブラシを取りだした。(べつにジーと見ていたわけではないのですが、声が大きいのと何か動作をするたびに私に肘や腕が当たるんです)

「おやおや、まさかここで髪を解くつもりやないんやろうな」
それがまさかです。
こちらに肘や腕が当たるのもお構いなし。
靴底は、私のズボンに再々と触れている。

前に座っておられるご夫婦も顔をしかめている。
思いっきり髪の毛を解いた後、今度は、ブラシに着いた髪の毛を掃除している。
座席に茶色に染められた髪の毛が何本も落ちている。

前のご夫婦はついに両方とも露骨にいやな顔をされている。
このお二人さん、見えていると思うのだがまるでお構いなし。

私が此処で大きな声を出して注意をすれば電車内で誰が見ているか判らない。
仕方なしに、気合いを入れてチラッと見た。

お嬢さん、急に何を思ったのかブラシを仕舞った。
組んでいる足をおろして行儀よく座りなおした。
その隣の子も、話し声が急に小さくなった。

2,3の駅の間は、おりこうさんでした。

ところが、車内で別の駅から乗ってきた旧友をばったり会ったらしく。
今度は離れたところで立っている彼女らと大声で会話を始めた。
どうやら両方とも女子大生らしいが話している内容は、とてもじゃないが書けません。
「女の子が公衆の面前でするような内容とは思えんな」

よくテレビなどで近頃はこういう若者がいるとは聞いてはいたが、隣に座れせていただいたのは初めてです。

正直びっくりしました。

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植木屋日記 | 19:20:26 | Trackback(0) | Comments(1)
ばあさん
我が家のばあさん(姑)が帰ってきた。
今年に入って少し体調を崩していたので入院していた。
恥ずかしながら、私は、ばあさんの事は殆ど判らない。
どのような状態で、入院したのかすら詳しくは判らない。
床ずれができてしまったのだとばかり思っていたら、違ったようだ。
何かしらの菌が入ってしまいかなり深く進行してしまっていたようだ。
傷口が深くもう二度と自分で歩くことは、出来ないのではないか、寝たきりになってしまうのではないかとさえ思われたが、お医者さんの治療のおかげで退院出来た。

「なかなかしぶといばあさんやなー」と言っては嫁に叱られている。

10年ほど前にも、こけて大腿骨を骨折。
その時にも、車いすの生活か、寝たきりになる事を覚悟しておくように、担当医から言われた。
手術の後、しばらく本当に寝たきりの状態になり、ボケてしまい、かなり心配した。
ちょうどそのころ、私の孫が出来た。
ばあさんは、我が家に帰ってきて、ひ孫の泣き声に反応したのか。
いつの間にか、起きて来た。
不自由な足を引きずってひ孫をあやし始めた。
いつしか、ボケた状態は完全に良くなり、足腰も丈夫になり。
以前と変わらぬ状態にまで戻った。

「なかなかしぶといばあさんです」

今回も、入院できる期限が有ったようで
「後何日で、退院していただかなくてはいけませんが、何処かに転院されますか」との相談が有った。
「退院させて、我が家で面倒を見たいと思います」と、自分は一切面倒などみないくせに言った。
嫁が「え~、そんなん大変やわ」と言っていたが。
「ばあさん、家に帰ってきて・・・ちゃんたちと暮らしたら、それが良い刺激になって、又昔みたいに元気になるんちゃうか」
と無理やり押し通した。

退院直後は、少し訳の判らぬ様子だったが、かなりのペースで回復してきている。
ひ孫に「ばあちゃん、ご飯食べよ」と言われて起きてくる。
まだ、ちび達とのチャンネル争いは起こってはいないが、そのうち始めるだろう。
今日も、座っていたが、私の顔を見て「テレビを点けてほしい」と言いだした。
家の中を車を押しながら少しづつうろうろし始めた。

「なかなか、しぶといばあさんです」


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植木屋日記 | 05:44:06 | Trackback(0) | Comments(1)
忙しい
昨日は、本当に忙しい一日でした。
一体何役をこなした事でしょうか。

桜地区では、昔からのお付き合いのある家庭にお葬式が有ると、村の人たちがお手伝いをします。
当家は、必要と思われるお金をそのグループに預けるだけ。
後は会計が責任を持って、買い物やお寺、会場等の手配もします。
勿論当家の意見は反映されますが。

村のお手伝いをするようになってくると、最初はかんたんな仕事から始まって段々と胃が痛くなるような仕事が回ってきます。
受付、香料の計算、参列者の気配り、焼香順位を決める等々本当に大変です。
特に昨日は、自民党の演説会と重なっていたものですから、本当にばたばたしてしまいました。

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植木屋日記 | 08:08:34 | Trackback(0) | Comments(0)
女性
5月に入って嫁いだ娘が帰ってきている。

赤ちゃんが授かったらしい。
この知らせを最初に聞いた時、本当にうれしかった。

私たち夫婦は計画通り子供ができた。
しかも、最初は男の子(中井家は女ばかりが続いていたので、どうしても男の子が欲しかった)。
男ばかりでは色気がないので次は女の子。
もう一人、男の子といったふうに本当に予定通り。

長男夫婦にもごく当たり前のように子供が授かった。
俗に言う「一姫二太郎」です。
授かったとは言っているが、結婚すれば子供ができるのが当たり前。
しかも性別も望むとおりできるのが当たり前だと思っていた。

特に長男は、私が気を使うまででもなく、嫁を見つけてきて順当に孫ができた。
これが「当たり前のことだ」と自分の何処かで思っていたのだろうか。
娘がなかなか結婚してくれないので、本当にイライラ、ハラハラした。
やっと、結婚してくれてほっとした。

今度は、
「・・・まだ子供出来ひんのか」
「まだ何も言うて来んで」
「そ~か、ま、そのうちできるやろう」
自分で慰めるしかなかった。

待ちに待った吉報。
特別な思いが有った。
こんなに待ち遠しいものか、こんなに感動するものか。
本当に授かると云われている事が判る気がした。

帰ってきて、娘と家内と息子の嫁の会話を聞いていて、とてもじゃぁ無いがそこの中に入る事が出来ない。
「・・・ちゃんができるときこんなに大変やってんよ」
「へ~え、そうなんや」
「そうそう、・・・君が生まれる時も全く一緒やったわ、もう死ぬかいな思ぅた」
「へ~え、そうやったんや全然知らんかったわ、そんなに大変やのん」
「うん、お医者さんがこんなんしてん」
「そうそう、私もされたわ」
「え~、そこまでするん」
「ふ~ん、よぅそんなん辛抱できたな」(私)
「ま、お父ちゃんには辛抱できひんわな」(娘)
「ほんまや、えらそうなこと言るてるけど、そんな根性ないわ」(家内)
「へぇへぇそうです」
「出産に立ち会うことも、よーせんやろぅな」
「ま、無理やろうな」
「偉そうに、子供は、可愛い言ぅてるのんちゃぅん」
「あほかお前は、子供が出来て、お医者さんに抱っこしてください言われたかて、そんなん持って潰したらどないするねん、第一このごろの若い奴らの考えが判らんわ。出産に付き合いますやて、あほちゃうか。そんなもん嫁に任しといて、自分は一生懸命仕事しといたらええねん」
「古~、きょうび、そんなん言ぅてたらだれも相手してくれへんわ」
「やかましい」

娘が、出産で世話になる病院で診察を受けに行ってきた。
「順調やて、良かったわ、写真見るか」
「ええわ、止めとくわ」
「ほんだら、DVD見るか」
「よけ、いらんわ」
「そないに言わんと一緒に見ようや、可愛いで」
「ええちゅうてるねん」
「そないに言わんと写真見たりぃな、ほんまに根性無いねんから」(家内)
「へえへえ、ちゃんと生まれてきたら見せてもらいます」

結局、写真を見た。
子供だと思っていた娘のお腹に孫がいるらしい。
私だけなのか、男性は全てがそうだと信じたいが、どうにも実感がわかない。
子供が生まれてきた直後は、まだ実感がわかない。
何カ月か過ぎて、首が座ってきて私でも抱っこ出来るようになって、
私の顔を見て笑ってくれるようになって、
段々顔や、仕草が私に似てきて
やっと私の子だ、孫だと思えるようになる。

男は、子供が欲しいとは言うが、結局何もできない。
到底、女性にはかなわない。




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植木屋日記 | 05:54:25 | Trackback(0) | Comments(0)
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