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植木屋

Author:植木屋
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作品
暑さのせいなのか、体調のせいなのか、夕方からぼーっとDVDを見ることが多くなってしまった。

非常に面白かったのが、もう何回も観たはずの「ゴッドファーザー」でした。
特に、この年になって「面白いなー。へぇー。いやー、全くその通り。いやー、奥が深いなー」と非常に感動したのが「ゴッドファーザー、パート2(?3部作の最終章)」でした。
この作品は以前にも3回以上は観ていたはずですが、なぜか好きにはなれず途中で観るのをやめたり、借りてきたことを後悔したりしていた。

確かNHKの番組で「シチリア島」を紹介している旅番組(?)で舞台となった(ロケ地)お屋敷の映像を見て、急にこの作品をもう一度観てみたい衝動に駆られた。

本当に観て良かった。
30代・40代のころには判らなかった事が60歳になる頃には判る。

家族を守ろうとする男の苦しみ。
良心とのギャップ。
限りの無い欲望というものへの執着。
男性よりも女性の方が精神的にも強い。
若い頃には判らなかった人間模様が主人公の経験で初めて見えてくる事。

長い作品でしたが、3日かけて2回観た。(2回目は2日掛けて観ました)

続けて「ゴッドファーザー」(第1章)を借りてきて観た。
第3章の登場人物の人間関係等が非常によくわかって、より面白かった。
登場人物の苦悩と成長(?)が自分の経験と重ねることが出来る歳になって初めて判る作品なのかもしれない。

調子に乗って第2章の「ゴッドファーザーパート1」を借りようと店に行ったが、残念ながらすべて借り出されていた。
仕方なしに他の作品を借りてきたが、映像の面白さや、アクションの派手さは有っても。
「う~ん」と唸るような作品では無かった。

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その他 | 05:00:16 | Trackback(0) | Comments(0)
疲れ
体調が少しおかしい。
とはいっても、季節変わりごとに出てくるやつ。

いつもは決まったように季節の変わり目に出ていたのだが、今回は少し期間が永かったような気がする。
半年ぶりくらいではないのだろうか。
体調だけでなく調子が良い時は、これが当たり前だと思ってしまっているが。
調子が悪くなった途端に、元気な事のありがたさが身にしみる。

今回は、特に熱が出たわけでもなく、咳や体の節々が痛いわけでもない。
只、何もやる気が起こらないのと、立ちくらみに似た症状がある。

月曜日は、所要が有ったので役所に顔は出したが、すぐに退席。
知人の告別式にお参りをさせていただいて、そのままダウン。
ずーっと寝ているほどでもなく、仕方なく起きてきてテレビを(DVD)を見てぶらぶらと。

火曜日は、競艇運営審議会とJAの営農経済委員会の開催がバッティングしてしまったので、副委員長ということもありJAの委員会に参加。
調子も出ないふらふらの状態で、何とか無事閉会の挨拶を済ませて帰宅。
「あー、もう寝る」の一言に。
「そうしたら、ごっつい口臭キツイでぇ。胃荒れてるんちゃうん。どないやのん」
「別にどこが、どう。いうことないねんけどな。何もやる気が起こらへんねん」
「あ、それわかるわ。きっと疲れてるんやわ。私も疲れたらやる気起こらんもの」

「へぇー、お前は毎日疲れてるんか」
聞こえんように小声でぼそっと要ったつもりが聞こえてしまったようだ
「悪かったわねぇ」
しまった。退散。退散。

今朝は何とか4時過ぎに起きはしたが。
まだ、ぼーっとしている。





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その他 | 07:09:07 | Trackback(2) | Comments(0)
激変
土用の丑の日、うなぎを食べる習慣があるらしい(私は、特にこの日に食べることにはこだわっていないが)

この話題から始まり、途中で大きく話がそれたが孫たちとの間で久しぶりに話が盛り上がった。
「じじ、子どもの時にもかば焼き食べたん」
「お、食べたでぇ。近所にも魚屋さんは有ったけど、うなぎ屋さんが売りに来てたな」
「えぇ、何それ」
「たらいに入ったうなぎをなっ、こぅ、まえ、うしろにふたぁつ担いで、売りに来はるねん」
「ふぅん」
「それでな、自分の好きなうなぎを「これ」ちゅうて選んだらな、目の前でさばいてくれはるねん。家でな「カンテキ」で火起こすやろ。そんならそこで焼いてくれるねん。たれも持って来てくれてな、それかけて食べるんやけど、これがほんまに美味しかってん」
「ふーん、「カンテキ」て何」
「ふぅん、「コンロ」かな」

話が、おいしいうなぎの選び方から、他の行商にまで話が飛躍した。
「金魚も売りに来てんでぇ、他にも風鈴やとか」
「買ぅてもろたん」
「じじなぁ、体が弱くて、夏休みの間中じーっと家で居てる子やったから、じじのお父さんとお母さんがかわいそうに思ぅたんやろうなぁ。何か行商の人が通らはったら呼び止めて、じじに選ばしてくれるねん」
「ふーん」
「家には職人さんなんかも沢山居てはったから、結構行商の人らが来てなぁ、退屈せんかったわ。魚の行商の人なんかは毎日来てはったなぁ」
「ふーん」

こっちは、昔の事が次々と思いだされて非常に嬉しかったが、孫たちにとっては余りにもかけ離れた話で、なんの話やらちんぷんかんぷんでそれ以上の興味が湧かないらしい。

思えば、私たちの年代(少し上の人は特に)ほど生活様式が激変した時代も少ないのではないか

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その他 | 10:03:44 | Trackback(0) | Comments(0)
やかましい!
このところ一つの宿題で頭を痛めている。

何カ月掛かったことだろうか、ここまで来るのに。
もう最後の段階だというところで、思わぬ展開に発展しそうだ。
まさかと思いながらも、芽が出るかどうかも判らない種を一杯蒔き続けてきた。
それが急に芽が出そうな雰囲気になってきた。
ここ3,4日ほどで一気に確信が持てる状態まで来たのだが。
最後の「詰めのアイディア」が出てこなかった。

農作業をしながら、役所で書類に目を通しながら頭の中はこのことで一杯。
昨日はもんもんとしながらDVDを見て、午後は過ぎて行った。
夕方近くになり、急に、パソコンの前に座ろうと思い立ったが。
約束の時間が迫っていたので中止。
こなすべきスケジュールを終えた頃には、せっかくの面白いと思えたアイディアが色あせてしまっていた。

今朝3時過ぎから、うつうつと。
4時ころ急に何かが閃いた。
「よし、これだ」
頭の中ではすでに構想が出来上がっていた。
急いで朝食をとり。
パソコンの前に。

順調な滑り出しにほっとして。
「よし、話をこの様に展開させたら万全だろう」
調子に乗ってきたころ
「あ、せや。今日は直売所に出荷するのを手伝わなくてはいけなかったんだ」
文章を途中で保存状態にして、一時中断。

「ここまで、手伝えば後はなんとかやれるやろぅ。後は、頼む」
と言い残して、仕事を終え。
急いで、事務所のパソコンに向かった。
「よしここまでは、これで良し。う~ん、この続きは、うーん、と」
しまった、ここで躓いてしまった。
頭をかきむしっても、このあとが出てこない。

「ミーン、ミーン」
まあ、蝉のうるさいこと、うるさいこと
DSCN0794.jpg
事務所のそばにある「センダン」の木に本当に沢山の蝉が群がっていて。
考えようとしているのに、蝉の声が「ミーン、ミーン」
頭の周りで「ミーン、ミーン」

とうとう、堪忍袋の緒が切れて

「やかましい!」
どなった瞬間に、アイディアがどっかに行ってしまった。

「しまった」

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今日の1枚 | 15:53:53 | Trackback(0) | Comments(0)
狸腹
今日はパンツの話。
ズボンを今風に言ってるのではなく、下着のパンツ

何時もこれで困ってます。

身長163cm。
体重70,5kg
ウエスト96cm
という堂々たるタヌキ腹の私。

ズボンはウエストサイズが色々あるので困らない。
尤も、我が家には「まだ穿ける」と言い切る私の88cmのズボンもタンスの中に眠ったままになっている。
サイズごとに「色、柄」の気に入った何本かが冬眠状態です。
これも不思議なもので、2年ごとにワンサイズ大きくなるお腹に既製品のズボンは即アウト。
ところが誂えで作ったズボンは7,8年前の物も、何とか穿くことが出来る。

話がそれてしまった。
パンツの話でした。
ところが、パンツにしろブリーフにしろサルマタにしろ、どれもサイズがS、M、L、LLといった具合です。
私のウエストサイズから行けば当然LLサイズ。
しかしこのサイズでもゴムの部分がきつくて苦しい。
しかも、このサイズのパンツを苦しいからと臍の下で穿こうものなら今度は丈が長くてどうにも具合が悪い。

私のような体型の人たちは多いと思う。
少なくても、私の友人は殆どが同じような体型です。

昔、有った「サルマタ」のようにゴムではなく紐でウエストサイズを調整できる商品はないものでしょうか。
勿論、全体の形は「ボクサーブリーフ」であればもっと嬉しいかな。
あ、そうそう、ついでにズボン下(パッチ、ステテコ等)もよろしく。

下着メーカーの皆様
中年のおっさん向けの商品開発にも力を注いでください。



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その他 | 10:33:34 | Trackback(0) | Comments(0)
石頭
台風一過、きれいな青空とまではいかなかったが、急速に天気が回復しました。

しかし、今回の台風の進路予想図を見て
「あほちゃうか、こんなコース進むかぇ、ほんまに」
と思ったのは、私だけだろうか。

しかもほぼ予想通り進んだのだから余計にびっくりした。
何でも、台風というのは夏の高気圧の縁に沿って進むのだとか。
今回は上空の偏西風が弱く。
19日以降、夏の高気圧が急速に衰えることが予想出来た為に、信じられないような進路予想図になったとか。
そして本当に予想(計算)通りになったというのだから本当にびっくりした。

何でも、この天気予報にあのスーパーコンピューターが大活躍しているのだとか。
この機械が、1秒間に私が判らないような単位の計算をこなして天気図を書いている(表現がおかしいのかも?)のだそうです。

せっかく精度の高い予報をしてくれているのに、自分勝手に
「今までの経験からいっても、こんなコースを進むはずがない。きっと大阪を直撃しよんな」
訳の分からない経験とかを持ち出して、「頭の固いおっさん」が一人で心配していた。
まだ、人にやかましく吹聴もせず、大騒ぎもしなかったのがせめてもの救いか。

しかしコース等は合っていたのに、肝心の天気予報が外れるとはどういうことか。
やっぱり、ここでも予想データーを信用しない「頭の固いおっさん」(失礼)の経験が邪魔をしたのだろうか。

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その他 | 15:33:33 | Trackback(0) | Comments(0)
講演
7月16日、自民党大阪府連市町村議員連盟(?)の総会ならびに後援会が催されたので参加してきた。
私としては、昨年の大阪維新の会とのごたごた以来、自民党の活動は疑問に感じる事が多かったので余り参加してこなかった。

中央でも政権を明け渡し野党に転落しているのに、何故か「がむしゃらさ」が感じられずイライラしていた。

「何故、野党に転落したのか」
「自分たちの何処が至らなかったのか」
「どのように生まれ変わらねばならないのか」
真剣に考えてほしかった。

今後の地方自治を考えたとき課題が山積みだ。
自分で答えを出すべきなのかもしれないが、まるで判らない。
何をどのように勉強していけばいいのかさえ判らない。
藁にもすがる(失礼)思いで、目についた勉強会に参加しているのだが・・・。

今回の講師は「野田聖子」さんだとか
DSCN0789.jpg
肩書きとかから考えても、女性としての意見もしっかり持っていらっしゃるようだし。
かなり期待していきました。

渡された資料は、「少子化の進行と人口問題」だと思えるグラフ。
今、手元にはないが、確か明治時代から50年後くらいまでの人口がグラフ化されていた。

開口一番
「私は、何処の会場でもこのグラフのみでお話をさせていただきます。このグラフが日本の実情を、そして今後を端的に表していると思えるからです。自民党はこのグラフの右肩上がりの時に政権を担ってきた。この様な時にはほとんど何もしなくても自然と経済も上手くいくものなんです。私が言うのも何なんですが本当に胸を張って言えるような政策は行わなかった。問題はこれからです。50年後を見てください、人口はここまで落ち込みます。しかも高齢化率はこれほどまで高くなる。このような時代を迎えるに当りどのような政策をとっていくかが問題になります」

「お、やったね。わしが一番悩んでいる問題に「ど真ん中ストライク」やんか。これを勉強したくてあちこちうろうろしてるんやがな。今日は講演内容が書かれてなかったけれど良く来たもんや。孫をほったらかして良く来たもんや」
とそわそわしていたが。

結局、ヒントになるようなものは聞けずじまい。
アメリカの移民政策や、フランスの移民政策との相違点や問題点など余り興味も感じられなかった。

肝心の有効な少子化対策はほとんど聞けなかったように思うし、人口が減少することへの対策や見通しも聞けなかった。
問題点の整理さえできないどころか、よけいにぐちゃぐちゃの状態になったように思う。


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今日の1枚 | 15:30:14 | Trackback(0) | Comments(0)
緑化
7月15日箕面小学校の校庭に芝生を植える行事が有ったので参加してきました。
校庭に全生徒が集合して開始式が挙行されました。
開始前から集まっている児童の中でえらいはしゃいでいるのは、ご存知、わが市長。
DSCN0773.jpg
ま~、どこに行っても抜群の知名度と人気ぶりには驚かされてしまう。(普通は、小学生が市長の顔を知っているだけでもビックリなのに、楽しそうに集まってきて話をするというのは・・・)

関係者のあいさつの後、芝生の贈呈式が有り。
DSCN0776.jpg

いよいよ芝生の植え付け作業です。
手前から植えて行って、せっかく植え付けた芝生を踏んでは大変と思ったのでしょう。
奥から植え付けて順番に手前の方に下がってくる作戦でしたが、これがちょっと・・・。
子供たちは両手に2株のポット苗を持って植え付け、手前の苗置き場に取りに来て、又、奥まで移動する事を繰り返すために手前にせっかく前もって掘られた植え付け穴が踏まれてしまって埋まってしまうトラブルが発生。
DSCN0779.jpg

後で、手前の植え付け穴を探すのが一苦労。
DSCN0780.jpg
おそらくは、このへんと見当を付けて掘るのですが、少しでもずれると硬いの何のって。
流石の私の指も悲鳴を上げてしまい、手袋は勿論、爪まで減ってしまった。

この後、担当していたと思える部分を足と移植ごてで整地はしたが、後で見たらえらいでこぼこ。
これじゃぁ誰かが手直しをせずばなるまいと思いながらの解散。
今朝心配になったので覗きに行ったら、やっぱり手直しされていた。
DSCN0788.jpg

さて今回の箕面小学校の校庭芝生化事業ですが、この部分的な芝生化はおそらくは当面は成功するだろうと思う。
全面芝生化は、私は無理がある(踏みつけることで芝が痛む)と思いますが、部分的な芝生化なら子供たちも場所を考えて遊んでくれるだろうし、緑の絨毯の上で寝転んだり座ったりと子供たちに色々な活動が選択できる所が良いと思うし、現に全面的に芝生化したところでも結局は部分的に残る状態になって受け入れられているのではないだろうか。
DSCN0785.jpg

今後の取り組みの課題といえば、やはり後の管理作業(芝刈り)になるのだろうと思う
広い平らなところの芝刈りは楽だが、逆にそのようなところは子供たちが走りまわすので芝生が育ちにくい。
障害物が有るようなところは、隅々まで芝刈りをするのが難しく、手間取るだろうと思う。
DSCN0786.jpg
そうなれば、草に負けることも予想できる。

何時も書き込んでいるように、芝生の難しさは密生してから2,3年以後が本当に難しくなるのではないかと思う(あくまでも私の経験であり、もっと優れた技術が有れば勿論解決するだろう)
今後、管理に関しては試行錯誤の繰り返しになるのではないかと思うが、なんとか成功させたいものだ。

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今日の1枚 | 17:42:53 | Trackback(0) | Comments(0)
星形
星形や、ハート形のキュウリが話題になっているので、早速、試してみた。
DSCN0770.jpg
左から星形のキュウリの成功例と失敗例、ハート形の成功例と失敗例、そして普通に作ったキュウリです。

品種は、「半白節成・はんしろふしなり」という品種で果長18cmくらいの果肉が軟らかく歯切れのよい「白いぼキュウリ」と言われている品種です。
我が家では、他に「夏すずみ」と「四葉・すうよう」系の品種を作ってはいるが共に最盛期を過ぎつつあるので、形が綺麗にならないであろうと思われるのでやめた。

さて、テレビ等で星形のキュウリの存在を知った私は早速ネット検索。
「シー・エム・アールサービス」という会社に発注を掛け先月末に送っていただいた。

小指大のキュウリにアクリルで出来ていると思われる型枠を上からかぶせその形に沿って大きくなった実を収穫するというものです。
DSCN0759.jpg
写真の一番上に写っている幼果に星形の型枠を被せてみました。
DSCN0760.jpg
出来上がったのが上段の一番左のものです。

同じようにハートの型枠も試してみました。
DSCN0762.jpg
これは失敗例です。
左から4番目のものですが、幼果の状態の時にすでに先が少し曲がっていたものを試したのですが、案の定型枠通りにはいかず先端がくびれてしまった。

ちなみに、4片のキュウリの切ったものは、下の失敗例よりも形のよくないものを切ってみました。
勿論、その中の良いところを選んで写真に収めたのですが、これ以外の物もちゃーんとそれなりにハートや星に見えます。

このキュウリの反響ですが。
小学校生の孫(男女とも)には非常に好評でした。
「何これ、ハートやんか。かわいい。え、じじ、これ作ったん。すごーいぃ。じじ、何でもできるんやね。かっこいい」
久しぶりに認めてもらいました。

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今日の1枚 | 08:30:19 | Trackback(0) | Comments(0)
収穫
7月13日、牧落幼稚園児が、トウモロコシ狩りにきた。
ブDSCN0763

3月の時点で、来年度もジャガイモ・トウモロコシ・サツマイモの体験収穫の申出がありました。
中身も確認せずに「はい、はい」と返事をしてしまった。

確か22年度は、ジャガイモの収穫を田植えの関係で「6月初旬ならありがたいのですが」と、無理を言って予定されていた時期を少し早めてもらった記憶がある。
昨年は天候の関係で、ジャガイモが小さく、決して良い出来とは言えなかった(大変な不作だった)
今年こそは、名誉挽回とばかりに、品種も大粒になる「トウヤ」に変え。
充分肥料をやり。
収穫時期が少々遅れても良いように、田植えを行わない畑に変え。
ビニールマルチをして昨年のように高温障害が出ては大変と思い、昔ながらの土寄せ作業を行ったが。
全てが、裏目に出てしまった。

今年は、普通にビニールマルチ栽培で、「キタアカリ」をごく普通の施肥量で作ったのが一番良かったようだ。
只でさえ豊作になる天候だったらしく、体験収穫の畑は大粒になるどころか醜いばかりのLサイズ。
おまけに収穫の何日か前に大雨が降り肥料が良く効いたのと相まって、急激にイモが肥大したのか、割れたイモや中に空洞のあるイモなど散々な結果になってしまった。

本当に農業は難しい。
何か特別なことをしようとすれば失敗してしまう。
「ふーん、来年こそは」と今からリベンジを誓ってはいるのだが。
きっと来年は、来年で、新たな失敗をするのかと思えば、今から頭が痛い。

さて、今年のトウモロコシですが、収穫の時期としては一週間程度早かったように思う。
ブDSCN0766

ですから、充分実が熟すところまで行っていない状態になってしまったのが非常に残念です。
ブDSCN0764
それでも、トウモロコシの収穫に違いなく丁寧に収穫作業をしてくれていました。

この日は終業式があるとかで、式の前に年長さんのクラスだけが来てくれたようです。
昨年はもっと悲惨で、日程がうまくかみ合わず、「保護者の会の方だけでのトウモロコシの収穫になってしまった。
これでは何のためにやっているのか判らないと思い、今年は万全を尽くしたつもりではいたのだが。
この事業も、もしリベンジがあるのなら、来年こそはもう一度改善したいと思います。


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今日の1枚 | 15:54:39 | Trackback(0) | Comments(0)
冷耕暑読
昨日は暑さも少しましだったが、本当に暑い日が続いて困ってしまう。

「あ~、こんなんやったら死んだ方がまっしやなぁー」
と、日々嫁の前でボヤいでいる。
ぼやきながら、冷蔵庫からビールを取り出しては自分の部屋へ。

孫に
「又、ビール飲むん、ビール禁止」
と言われ
里帰りしている娘に
「このごろ、よー飲んでるんちゃうん」
と言われ。
嫁に
「そーやねん、せやから痩せへんねん、少しは痩せたら暑さもまっしやのに。前までは1本やったのに、このごろは2本飲むようになってん」
「やっぱりビール禁止」
「ちょっと体の事も考えんといかんわ」
「そらみてみ、皆あない言うてるがな」
女、3人寄ったらやかましいのなんのって。

朝、6時前から(なぜかここ2週間ほど起きる時間が1時間ほど遅くなってしまった)田や畑に出ても、8時30分頃には暑くて仕事にならない。
家に帰ってシャワーを浴びて
「仕事に、行ってくるわ」
「あ~。お昼は」
「帰ってくるから、用意しといて」
で、お昼まで、市役所へ。

昼食を食べて、ゆっくりと昼寝。
市役所の勤務が節電の為だとかでお昼の休憩が1時間ずれたらしい(はっきりと聞いた訳ではないので、だと思う?)ので2時前に又役所へ。
「仕事に、行ってくるわ」
「え~、又、行くん」
「おぅ、家に居てても暑っついだけや、役所で本読んでるねん」
「えぇなぁ、クーラーの利いた部屋で」
「やかましい、行ってちゃぁんと勉強してるんやから文句ないやろぉ」
「あんまり、行ったら迷惑ちゃうん」
「んー、せやから、こっそり行ってるねんがな」

暇(失礼)な間に、議会開催中に読めなかった、色々な資料を読んでます。
・・・に関する住民の意識調査とか、・・・のアンケートとか、・・・協議会の議事録とか、・・・会計予算とか
これも、議員になりたてのころは、えらい新鮮で
「へぇ、そうやったんや」とか
「え~、こんなん考えてはるんや」とか有ったのですが。
近頃は、大体結果が見えてくると、そう面白いものでもない。

判ったつもりでも、さぁ人に聞かれると説明できない。
だから、読み返すのですが、これがなかなか・・・

「晴耕雨読」という言葉が有りました。
「晴れた日には、農作業(仕事)に精を出し、雨降りには本を読んで自分を磨く」と行った意味でしょうか。

私の場合は、さしずめ「冷耕暑読」でしょうか。
何故か、申し訳ない気持ちになります。

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その他 | 09:01:06 | Trackback(0) | Comments(0)
喘ぐ
暑さに喘いでいる。
土・日曜日に近頃さぼり気味の農作業に精を出そうと頑張ってはみたが。
何とか、12時近くまで農作業をしたが、あまりの暑さでついつい昼食時にビールを飲んでしまった。

それが間違いの始まり。
昼寝から目覚めて。
今度は、暑いだけでなく、体がだるくてしょうがない。

結局、4時過ぎ迄ボーっとテレビを見て。
「さぁ、仕事に行こう」
部屋を出たとたん
「暑、暑、あちち」
で、外に行くのは止めて。
今度は、冷蔵庫からスイカを取り出した。
「やっぱり、スイカが一番やね。あぁ、汗がひくわぁ」

スイカを食ながら、何気にアイディアがふと浮かんだ。
「あ、せや、これが良い、何でこんな簡単なことが思いつかんかったんやろう」
急いで事務所へ。
事務所は、西日が当たって暑いのなんのって。
仕方なしにクーラーを入れ。
かき氷を片手にブログの書き込み。

どうしても書き込みたい案件があった。
さっき、暑さに喘ぎながら、ふと思いついたフレーズがあったので。
「これなら、上手く表現できるかも知れない」
集中して書き込んではいるのだが、どうにも「いまいち」

気がつけばもう6時前。
ブログを「下書き」状態にして急いで畑に出かけた。

日曜日、気を取り直して農作業に精を出すつもりだったが。
9時ころから、予定が入っていた。
何とか、気を取り直して午後から仕事に取り掛かろうとしたのに、土曜日と同じようなパターンになってしまった。
ただ、ビールだけは懲りたので飲みませんでした。

ブログの修正と、加筆をして、「さぁ、アップ」のつもりが、どうにも気になるので、また「下書き」状態で終了。

今朝、目が覚めたら妙に体調が良い。
気になっていた仕事を次々とこなし。
役所にきて。
ここでも、気になっていることをこなして。
先ほど、2日かけて書き込んだブログを読み返してみた。

「うーん、やっぱりアップせんで良かったわ、こらひどいわ、こんなんアップしてたら、顰蹙もんやなー」
で、何とかまるで違うこの「お題」に書き直したけれど。

「この問題を、避けて通るわけにはいかんだろうなぁ。しかし、ふーん」
と、頭をかきむしっています。

暑い、良い答が出てこない。



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その他 | 11:42:48 | Trackback(0) | Comments(1)
ルール
6月28日付で議会に対して、市長から文面による申し入れが有った。
我が会派は、7月8日まで全員が揃わなかったので同日会派の会議を持って、この申し入れに対する対応を協議した。

この申し入れは、「代表質問や一般質問を事前に提出して欲しい」というもので。
理事者側は質問内容を十分確認・審議したうえで誠意をもって答弁をしたいと思い、申し入れを行うとのことです。

ほとんどの会派の議員は、限られた時間の中で充実した議会審議を行うために、事前協議の必要性を認め慣例に従い事前提出を行っている。
ところが、ごく一部の会派の議員が、当日の朝や議会開催中の休憩時間に大幅な内容の修正を行っている。
このような事態が続くと、誠意をもって対応するつもりではいるが、他の慣例を守ってくれている議員と比べて充実した審議といった面でのバランスを欠く恐れがあるので、ご配慮をお願いします。(要約するとこのようなことです)

どこの会派か、ということは明言を避けますが、本当にこの会派のルール無視はひどくなるばかりです。
議会の審議は、それぞれに決められたルールに則ってフェアに行われるべきもので、自分たちの質問の質を高めて理事者側を論破しようとするのならまだしも、慣例に従うことなく、只々困らせてやろうと思うののは、大人げないと思います。

一般質問は、議員本人が疑問に思う事や、理事者側に修正を求めるような事を質問という形に明文化して、理事者側の答弁を求め、答弁の中で意味不明な箇所が有れば、その意味不明だと思える箇所のみ再質問という形で問い直すのが慣例だと、私は思います。

私も一年生なので昔のことは判りかねますが、この3年間を見ていても特にここ1年はひどくなっています。
ルールはきっちり守り、理事者側を論破出来るぐらいまで勉強したいものだと思います。


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議会日記 | 10:50:24 | Trackback(0) | Comments(0)
顰蹙
7月7日、箕面市立病院開院30周年記念式典・祝賀会が開催されたので参加してきました。

箕面市立病院は、昭和56年の同日に開院しました。
当時の市長だった、中井武兵衛市長(家が東隣りというだけで、我が家とは親戚関係にありません、残念ながら)が「日本一親切な病院」を造りたいとの信念のもと、名前も「箕面市に市民病院が無い間、近隣の市民病院に大変お世話になった。今度造る病院は、たまたま、箕面市が造るけれど近隣の市町の方々にも愛され・利用していただける病院になってほしいとの願いを込めて箕面市立病院としたそうです(この話は、幾度となく中井市長本人から聞かせていただきました)

その開院当時の精神は、脈々と受け継がれ今日に至っています。
人口13万人の市立病院にしては「日本医療機能評価機構の病院機能評価Ⅴer.5.0」や「がん診療拠点病院」、そして「地域医療支援病院」に指定・認定される等、弛まぬ努力が評価されています。

さて昨日の記念式典ですが、午後3時から記念植樹をするということで見学に行きました。
20分程度早くついたので、うろうろしていると知人と娘さんに出会い「これから七夕コンサートがある」と教えてもらった。
「えらい綺麗なお嬢さんが2人前に座っているなー」と思っていたらこの方が出演者だった。
DSCN0754.jpg
この娘さんから、「紹介してあげよか」と言われたが、元来、人見知りで恥ずかしがり屋の私はなにも言えなかった。(残念)

6時30分からの記念式典はこの「七夕コンサート」にも出演された吉岡さんの「ヴィヴァルディの四季」(だと思う)ヴァイオリン演奏から始まった。
DSCN0755.jpg
続いて
箕面市立病院総長の田村氏の開会の辞
DSCN0756.jpg
から、市長の式辞や祝辞、感謝状贈呈や表彰式と進み。
最後に30周年事業として、出産記念品の「おくるみ」の紹介が有った。
DSCN0757.jpg
紹介者(司会者だったのか?)が
「先ほど、これを御覧になった市長が、「3人目の子をここで産みたい」とおっしゃっていました」との話に
思わず
「産めるもんなら、産んでもらおうやないか。今度こそ新聞の一面じゃ」と突っ込んでしまい、周りから顰蹙を買った。

そのあと、会費制の祝賀会があり。
「元をとったる」とのあさましい心がけで食べ過ぎてしまい(特に最後のケーキやプリンなど、特にケーキが美味しかったからと言って4個も食べたらいかんわ。周りの人たちがビックリしてたがな、普段は、殆んど食べないくせに、顰蹙もんやで)

今朝もまだ、満腹感とむかつきに悩まされ。
夕食、朝食の2食分を賄う結果になり「充分、元をとる」結果になってしまった。

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今日の1枚 | 06:50:10 | Trackback(0) | Comments(0)
報告
7月4日は群馬県みどり市へ行政視察に行ってきました。
この市は、平成18年に合併をした新しい市です。
桐生競艇の存続問題で、組合施行を行っていた自治体の内、継続して施行することに賛同した自治体が集まって出来た市だとか。
桐生競艇は桐生市に位置するのかと思っていたが、この「みどり市」に有りました。
桐生市は今では桐生競艇とはあまり関係ないそうです。

さて、視察の目的の一つが、同市が運営している「電話でバス」事業に対するものでした。
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車体の前面に「路線バス」と明記はされているが、決まった時間に決まったコースを走るいわゆる路線バスではなく、乗客の要望により、停留場から目的地の停留場迄、時間もコースも関係なく送り届けると言うものでした。
システム的には、業務委託を受けている市内の業者に電話をかけて、事前に「何番停留所から、何番停留所まで何時ころにお願いします」と言うのだそうです。
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係の方が、バスの運行状況を見ながら「それでしたら、何時何分頃にお伺いします」と答えて予約完了。
話を聞いていたが、路線バスというよりはタクシーの配車事業の方が近い気がする。
みどり市では、以前は市内の一部地域で路線バスを走らせていたようだが、合併後全市的な運営方法をめぐってかなり議論を重ねた結果、このような形態に落ち着いたのだとか。

やはり、悩みは乗車率だそうです。
大体一人か二人位になるとか。
乗合をお願いしたいが、どうしても遠周りになってしまい苦情が有り実現できないのが現実。
運賃を300円に設定したそうだが、それでも赤字運営になっているとか。

せっかく視察をさせていただいて、このような意見を述べさせていただくのは大変失礼かとは思いますが、よほど上手く事業展開を行わないと、継続した運営は難しいのではないかと思えた。
人口密度等、みどり市と箕面市では差が歴然としており、費用対効果の面からも箕面市での導入には慎重を期すべきであり、現行の「オレンジゆずるバス」を住民とともに育てていくべきだろう思った。

続けて、桐生競艇場の視察に行きました。
箕面市でも、今年度から天災等での競艇事業の運営を休止せざるを得ない事態に備え、基金を新設しましたが。
この桐生競艇が、先の東日本大震災で競艇場の土手に亀裂が入ったことや、スタンドや大時計の基礎等の一部が壊れ開催を一時見合わせざるを得なくなったとかで、その状況の検分を目的に行ってきました。
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今は、亀裂が入ったと思われる土手を土嚢で補強をして、大時計は修理が終わり、スタンドも一部を除いて営業していました。
箕面市の基金条例の方が先に審議をしていましたが、やはりこの様な状態を目の当たりにするとこの基金の必要性を改めて感じました。

翌、5日には「図書館ICタグシステム」の導入に向けた問題点等を聞くために同システムの先進地である三鷹市立図書館へ行政視察に行きました。

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こちらの図書館の蔵書のすべてにICタグが添付されているのだそうです。
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借りたい本を、この机の枠内に置き、あらかじめ登録して貸与されているリライドカードを読み取り機に入れるだけで手続きが終わるんだとか、このシステムを使うことで利用者が急激な伸びを示したらしいが、その主要因と思われるのが、係の人の目を気にせずに本当に自分が借りたい本を借りることができることが大きいらしい。
例えば、気になっている病気の本とか、離婚に関する法律本だとか、ちょっとコアーな趣味の本というのは言った類の本は、生身の人間に手続きをしてもらうことに抵抗が有るらしい。

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本を借りたときに、返却日とこの本に次の予約が入っているのか否かが判っているので、つぎの予約が入っているときはこちらの棚に返却するとか。

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予約が入っていない本はこちらに返し、係の人が又元の本棚に並べるのだそうです。

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これは予約した本が返却されていることを各自に知らせることで、その人が予約した本を受け取りに来て、この機械にリライドカードを差し込めば「どこの棚に有る」ということを知らせてくれるのだそうです。
また、予約していない人がこの本を持ち出そうとしても、コーナーの出入り口のところで音声による注意喚起が行われる。

その本を先の「借り受けの机」で手続きを済ませ借りて帰るのだそうです。

図書館の出入り口にはゲートが有り、誰がどの本を持ってこられたとか、持って帰られたとかがすべて記録されると同時に、手続きを行わずにその本を借りて帰ろうとしても、音声で「もう一度手続きをお願いします(?正確ではないかも)」といった音声で知らせるんだとか。
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このシステムのおかげで蔵書の紛失割合が1%を切っているとか。

今回の行政視察の主な目的は、「ICタグシステムを導入することで箕面市が立案している図書館の数を6館から8館へと増やし、尚且つ図書館経費を抑え込むことが可能か」ということでした。
このシステムを使えば「貸し本」業務は極端に省力化が可能になりそうです。
何よりも驚いたのが、いま、一番労力を割いているであろう「貸し本」業務が何分の一になることで、図書館司書の方が本来の仕事に戻れる。
すなわち、もっと丁寧な接客業務に当たれる事になるらしい。
三鷹図書館でもカウンター業務に振り回され、利用者からの質問にも、求められている本の有りかを自席から指で示す事しか出来なかったのが、今は、フロアーを移動して案内等ができる余裕が生まれたとか。

私がこの行政視察を終え、箕面市の図書館改革に就いてレポートを出せと言われれば。
先ず、このこの図書館ICタグシステムを導入すべきです。
そして、8館(新旧併せ)の図書館ですべて同じサービスを行うのではなく、中央図書館を除く7館は思いっきり省力化を進め「貸し本」事業のみを行うように特化を行い。
中央図書館に行けば沢山の図書館司書の方がいて、あらゆる質問や、要望にこたえるように組織を再編すべきだと思います。

又、どのシステム(メーカーによってシステムの違いが大きいようだ)を採用するかが、この制度を導入するうえでの成否のカギを握っているように思えるが、三鷹市のシステムを最低限のラインとして(設置費用や、100%誤作動を起こさないシステムの精度)導入を検討しているメーカーとの交渉に当たるべきだと思うし、この件に関しては今後も注視していきたいと思う。

以上が今回の「自民党市民クラブ」が行った行政視察の報告です。
この行政視察には、公費(税金)が使われていることを会派の全員が肝に銘じて参加をしたので、各地で活発な質疑応答や、意見交換等を行いました。

今後の活動の糧にしていきたいと思います。


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今日の1枚 | 07:37:05 | Trackback(0) | Comments(0)
暴言
7月4,5日と会派の視察研修に行ってきました。
その成果等を書き込みする予定でしたが。
4日の夜、現地で寝る前に点けたテレビ番組(報道)を見てあまりにもショックを受けたので、今回は、その感想文に変更して、報告会(?)は後日にさせていただきます。

私は、特に先日、岩手県や宮城県の被災地を見てきただけに松本復興相の発言や行動には愕然とした。

先ず、県庁の前だったのだろうかサッカーボールを蹴って知事に受けさせるといったシーン。
知事は、震災後の復興作業等で寝不足の日々が続いているのではないかと思える。
でなくても、復興を担当する大臣と面談するということで、相談したい事、陳情したいことで頭の中は一杯ではなかったろうか。
そのような会見の場所にサッカーボールを持ち込み戯れようとするする「無神経さ」
私には、理解できない。

次に取り上げたいのは、会見での「言葉使い」だ。

先に御断りをしておきますが、「私の言葉使いの悪さは定評が有ります」って自慢するつもりはないが、それでもT,P,Oだけは心得ているつもりです。(これもあまり自信が無い)
しかし、初対面の人や、気を許せない人にはそれなりの言葉使いをさせていただきますし、公式の場でも気を使っているつもり(これが一番自信が無い)です。
特に、会話の中でわざと方言を使ったり「タメクチ」でしゃべったりはしますが、その時には相手の表情を観察させていただいているつもりです。
「あ、この人にはここまでしゃべっても大丈夫だな」とか。
逆に「この人は、このような表現はしてはいけないのか」とか。
ですから、市職員さんの中には、今でもきちっとしゃべらせていただく方もいらっしゃいます。

私は、先日の松本大臣の面談での発言や態度を見ていて(報道されていた一部分にすぎないと思いますが、)フレンドリーな態度で接することで早く打ち解けたい、早く本音の話に入りたいといった風には見えなかった。
上から目線で、命令口調で、一方的に話をしているとしか(対話に来たとは)思えなかった。

彼は、大きく勘違いをしているのではないか。
映像を見ていて、「国から助けてやるんだ。そのために指令を出しに来たんだから聞け」といったふうに思ったのは、私だけでしょうか。
「国の方がえらいのだから、地方はそれに従え。地方に金をバラまいてやるんだぞ」
と思っているのでは無いのだろうか。
ばらまこうとしているお金は、何も政府の金でも民主党の金でもまして自分が自由に使える自分の金では無いはずだ。
国民から集めた血税や、次世代の子供たちに負わせる借金ではないのか。

私の信条は、我々の仕事は皆さまから集められた血税をいかに効率よく公平に配分するか、配分方法を皆さまに説明をさせていただいて「これなら、税金として納めるのにも意義がある」と納得や支持をしてもらえるかだと思っています。

彼の態度を見ていて本当に腹が立った。
どのような人生を歩んでこられたのかは存知上げませんが、あまりにも情けないというか何というか。
大臣ともなればこれほど「自分はえらい」と思っているんでしょうね。
この様な人材を起用しなくてはいけない政府や、この方を適任だと思って任命した方の「人を見る目の無さ」にも、つくづく呆れ返るばかりです。

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その他 | 05:57:53 | Trackback(0) | Comments(0)
講演
このところ、スケジュールが過密状態に陥っている。
金曜日に、出社(?)して、色々な調整を済ませ。
土曜日には、自民党大阪府連の「第2回首都機能移転などに関する勉強会」に参加。
最後の10分を早く退室させていただいて、自衛隊協力会箕面支部総会に参加。
総会終了後、孫との約束の時間に15分遅れで合流等本当にバタバタでした。

日曜日は、朝から農業三昧。
一週間ほど田や畑を見にも行ってない状態だったので、これまた大変でした。

今日から、自民党市民クラブの会派視察に参加してきます。
この報告は、後日ゆっくりとさせていただきます。

さて今回は、土曜日に行われた行事の報告をさせていただきます。
自民党の勉強会は、今一番ホットな人物「防災未来センター長、河田氏」を講師にお招きしての勉強会でした。
「東日本大震災を受けて、見えてくる首都機能移転の必要性」についてが講演主題です。

この講演、何も「大阪や関西に首都機能を持ってくるのが良い」と訴えるだけの陳腐な講演ではなかったところが非常に良かった。
「防災面から見ても、首都機能を分散させる必要性は感じるが、日本国中ここなら安全といった場所が有るだろうか」
といった中身でした。

防災の専門家らしく、各地の防災上のアキレス腱を洗い出し、どのような対処をなすべきか、国と地方行政の連携の必要性、法整備の遅れ等を指摘していただいて、議員にとっては非常に有意義な講演だったと思います。
今朝は時間的な余裕もないので、特に気になった箇所だけをピックアップさせていただきます。

防災行政を遂行するには、反対の立場で物事を考えなさい。
自分の住んでいるところに壊滅的な被害をもたらせるにはどうすればよいか。
地震が起こったとしたら、どのような状態の街づくりをしておけば一番被害が大きいか。
どのような防災計画を作っておけば、市民が混乱して困るのか。

そこから、垣間見えてくる事に留意して、計画を作っていけば大丈夫でしょうとのことです。
兎に角シュミレーションを繰り返すことが大切だとか。

自衛隊協力会の講演は、東日本大震災の救援活動に参加していた自衛隊員の生の声でした。
とにかく、過酷な任務だったようです。
食事もままならない、勿論衣服の着替えもない、状態での任務遂行だったそうな。
遺体の収容から、綺麗にして差し上げ、検視・仮埋葬迄をこなしてきたとか。
感じた事は、東北地方の方々の辛抱強さと、感謝していただける気持ちがとてもうれしかったそうです。
最後に個人の意見として
「私たち、自衛官が活躍できる時が無い方が皆さんにとって幸せだと思います。我々は日陰の存在で有り続けたい。しかし一朝有事の際には何時でも駆けつけて皆さんを守るために鍛え上げていたいと思っていますので、ご理解を下さい」
とおっしゃっていたのが、非常に印象的だった。

この考えは、消防や、警察にも共通している意識ではないだろうか。


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その他 | 06:32:23 | Trackback(0) | Comments(0)
会話
被災地で色々な方とお話が出来たので、順次紹介させていただきます。
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ここに店を構えることになった、オーナーさん
「色々と考えてたって、始まらんわ。少しでも何かしないと始まらんでしょぅ」
ここに備品を配達に来られた、オーナーの友人と思われる人が加わって。
「そうそう、あんたは、立派だわ。私も応援すっから頑張って町を復興させようよ」
この御両人、津波で甚大な被害をこうむったようだった。

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周りが殆んど壊滅状態の中で唯一営業しているガソリンスタンドのオーナーと思える人。
「ここは被害が余りなかったんですか」と聞く私に
「そんなこと有りまっせん。2階まで完全に水没してしまいました」
「でも、いち早く営業してますやんか」
「そう、機械も全部壊れちまったけど、とにかく全力で復興したんだわ。ほんと最初はどうしょうかと思ったもの」
「へぇ、がんばりはったんやねぇ」
「はぁ、一生懸命やりました」

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この写真に写っている店員さん
「すみません、弁当かパンは置いてられませんか」との私の問いかけに
「ごめんなさーい、近所で採れた野菜だけですの」
「そうですか、ごめんなさいねぇ」
「いいえ、また、帰りに寄ってくださいねー」えらい明るい人でした。

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松島の駐車場前の食堂のお姉さん。
「ねぇ、ここでお昼食べて行って、名物のカキ料理美味しいよ」
「ふ~ん、ところで景気はどうです」
「ふーん、さっぱりやね、いつもの半分以下かな」
「そーか、それやったら食べていこか」
で、注文したのがこれ
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カキ定食、3,150円也
どっちみち、ぼったくられる事を覚悟して、最初から写真を撮らなかったが。
ところがこれ以外に殻付きの生ガキが2つ付いていた。
本当においしく値打ちが有った。

今回被災地をうろうろと廻って色々な方たちと会話できました。
今回特に感じたのは地震と津波で本当にすべてを失ったのではないかと思える状況で、いち早く復興を目指している方ほど明るく、バイタリティーにあふれていたように思う。
壊滅状態になればなるほど、その人の真価が出るのではないだろうか。

反面、被害が少なかった処の方の方が愚痴っぽかったように思えたのは、私だけだろうか。
同じ松島でいち早くお土産屋さんを営んでいらっしゃった御主人は
「この海岸線で、ここの松島だけが、ご覧のとおり被害が本当に少なかったの。いち早く観光船も復活したし、お店も営業出来ているのが、なんだか申し訳なくって」


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この農家のおじさん。
作業が終わってから30分程度話を聞かせてもらった。
「家でいたら、地震が来たの、グラグラって。そんなに揺れなかったんだよ。只、「永い時間揺れてるなー」って話してたの。言い伝えで、こんな地震の後には津波が来るからって。まさかって思ってたんだよ。でさーぁ外を見たらこの向こうに波が見えたのさ。おらぁビックリしてしまって。まさかここまでは来ねえと思ったんだけどさ。一応皆でこの上の高台に避難したのさ。そしたら、アッて言う間にここら辺が沈んだのさ、本当にびっくりしちまった」
「どこまで水が来たんです」
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「ほらそこに電灯があっぺ、そこまで沈んでしまったのさ。夕方になって水が引いたもんだから家に帰ろうとしたら、まだ、危ないからって、この道が通行止めになってしまって家に帰れねえのさ。仕方がねえからこの上で、車の中で寝たけどさ。最初はガソリンが有ったの。ところが次の日からガソリンも灯油も無いって大騒ぎになってしまって。家は泥でぐちゃぐちゃだし寝るとこなんぞは無いし、寒いし、火を燃やす訳にもいかなくって、本当に困っちまった」
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「だけど、今度のことで本当にボランティアの人たちには世話になっちまった。ここいらへんは、ヘドロでぐちゃぐちゃでしょぅ、片付けるのも手伝ってもらって本当に大助かりよぉ。この周りにも、そこの積んでるべぇ、あんだけの材木やら瓦礫が有ったのさ、ビックリするべぇ。段々片付けて、そこでかまどを作ってさ、燃やすもんは一杯あるでしょぅ、鍋や薬缶はそこいらへんにしまって有ったものを出してきてなんとか自炊を始めて。でも今でも寝るとこだけは仮設住宅で女・子供は寝てるの、ワシだけはここで寝るんだけど、戸が無いでしょう、カラスや猫、近頃ではハクビシン迄が悪さをしに来るの、もう、いやになっちゃう」

いろいろ話を聞かせてもらったが、このおじさんも「こんなことくらいじゃ、へこたれん」と言ったパワーが感じられたのが印象的でした。

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今日の1枚 | 16:59:02 | Trackback(0) | Comments(0)
仕事
多くの人たちが、今回の地震で被害を受けられた人たちに何かをしてあげたいと、思っているのではないだろうか。
今回の東北ボラボラ旅も、第一の目的は「ボランティア活動に参加したい」ということでした。

これが、簡単なようでなかなか難しいのではないかと思い知らされた。
距離が離れていて、知人がいない。
ネットで検索をしてもスケジュール的になかなか合わない、等々。
個人で参加できるボランティア活動は皆無に等しいのではないかとさえ思た。

旅から帰ってきて、どうしても現地でボランティア活動を行いたいのであれば。
私ならば府下のどこかのグループが主催するボランティア団体に入れてもらうことが一番良かったのでは無いかと、反省を込めて思います。

私は、無謀にも一縷の望みだけで出かけてしまったが、このような行動は慎んだ方が良いと思います。
たまたま、通りすがりに唯一(厳密に調べた訳ではありません)とも思える「個人で」「飛び込みで」も、受け入れて下さった「陸前高田ボランティアセンター」を見つけることが出来たというラッキー以外の何物でもありません。

勿論、他の自治体でもボランティアの受付は行っていらっしゃるようですが、その多くは「5名以上の団体」や「事前の受付、登録」等が条件に表記されているようです。

さて、この陸前高田ボランティアセンターですが
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ここは、全国からの団体も個人参加もすべて受け付けてくれるありがたい施設です。
私のように、ボランティア保険に未加入だった(?)人も保険に即入会させていただけました。

朝8時30分から当日の受付が始まります。
もう、その頃は多くの人でごった返しています。
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受付の済んだ大きな団体はそれぞれ所定の派遣先に、乗ってきたバス等で移動を開始します。
残った5名以下くらいの団体や個人は9時からの「マッチング」で派遣先が決まります。
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この作業がなかなか大変なようで、この作業がトラブルの元といっても過言ではないと思える。
作業を依頼したい側と、作業をしたい側を引き合わせていくわけですが。
この「マッチング」作業に当たっている方自体が、どうやら全国から来ている期間限定のボランティア(派遣職員?)らしく、地理や作業内容等が良く判らないでこの作業に従事しているらしい。
加えて、「個人でボランティア活動に参加をしよう」と決意して全国から集まってくるような人たちは血気盛んな人が多いようだ(私も含めて)
「自分こそは必要とされている」と思いこんでいる人や「自分がいなくては、この町は復興しない」とまで思いこんでいる節さえ見受けられる。

需要が多くて、人手の足りないときは、充分な仕事の割り振りがあるのだが。
人手が、予想を超えて多く集まったのに派遣先の少ない時は特に苦労をしているようだ。
せっかく集まってくれた人に「今日は、もう派遣先は有りませんから、お引き取り下さい」とでも言おうものなら一斉にブーイングが起こってパニックになると思う。
だって、私も含めて皆さんは、「何かの役に立とうと高い旅費と仕事を休んで駆け付けたのに」と思っているから。
無理やり仕事がほとんどないところに沢山の人を派遣すれば、依頼者も驚かれるし、派遣された人たちも「こんな仕事なら来るんじゃなかった」と騒ぎ出す。
「もっとやりがいのある仕事をさせてほしい」とクレームをつける。
ま、実際一緒に派遣された人たちの中には本当に様々な人がいました。

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このワッペンは6月29日の分で、記念に貰ってきました。
このワッペンを付けて派遣先に出向きます。
いわば身分証明証のような物でしょうか、「相手から見やすいところに張ってください」と言われた。

これを付けて28日に行ったところが
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「壊滅状態の市街地で1年6カ月間ほど「ダイニングバー」を営んでいたが津波で店舗が全壊したため、仕方なく郊外のニュータウン的なところで仮店舗で営業を再開したいので準備を手伝ってほしい」というもの。
ここで、仮店舗の資材になると思われるものの運び込みや、ビールケースの洗濯、サッシの掃除などを手伝った。
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ご覧のような環境(閑静な住宅街)で色っぽいお姉さんが営む「ダイニングバー」が上手くいくのかと不安になったが・・・。

29日に行ったところが、農家の草刈りのお手伝い。
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ここの現場が又大変。
どうやらここの集落は、以前からボランティアさんにお手伝いをしていただいていたらしく、このお家でも殆んど作業が終わっていた。
残った作業が、畑の草刈りと、刈った草の中から漂着したゴミを集めることだったらしい。
何故この作業が残ってしまったのかといえば、どうやら前日に行ったボランティアさんが「ワシらは、草刈りに来たんと違う、もっとやりがいのある仕事をする」とかで、途中で帰ってしまったらしい。
この現場に向かう途中で、同乗されていたおじさんが騒ぎ出した。
「おい、どこに行くねん。行く先の名前見せてくれ。こんなものいやだね。草刈りはいやだね。もう皆で帰ろう。他の現場に行こう。私なら色々な現場を知っているからそちらに行く先を変更しよう。事務所には帰ってから報告をすればいいから」
どうやら、このおじさんが件の人だったらしい。
「まあまあ、そう言わんと。とにかく行くだけでも行きましょうや。必要やから、依頼してはるんでしょう。ね、一遍現場を見てからでもよろしいがな」
おじさんを宥めすかして現場到着。

幸い3台の車に分乗して言ったので、私だけそこで作業をすることに。
この作業は、私にとっては手慣れたもの。
ご主人に依頼された以上の作業をこなして無事終了。
私にはやりがいのある、充実したお手伝いが出来たと喜んでいます。
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今日の1枚 | 06:56:47 | Trackback(0) | Comments(0)
驚愕
今日、市役所に出かけた(当然ですが)。
4日間も休んでいたので、私宛の書類も溜まっているだろうと思い、議会事務局に顔を出した。

すると職員さんが
「中井議員、少しお話が」
「なんや、ワシが、又、なんか、下手打ったんか?えぇ!」(怖がらさんでもよろしいがな)
「いえ、別にそういう訳では」
「せやから、「何や」言うてるねんがな」
「あの。一寸、また、ブログの件で」
「どのブログがけしからん言うてるねん。あれか、これか」
「沢山心当たりがありますねんねぇ」
「やかましい言うてんと、早よ言いな」

「6月23日付の「議事録」という分ですねんけど」
「あ~、あれか、市民派ネットの支持者かN議員の熱烈な支持者からか?」
「いや、それはどうか判りませんが、市民の方からです」

「このブログの中で、「中井議員がまるで前議員が斡旋しているかのような表現をしているが本当か」との問い合わせです」
「なんやて、そのおっさん、「ワシがそないな書き込みをしているからけしからん」てか?。ほんまに、ほんまにそのおっさんそないに言うて来てるんか。君も問題のブログ読んだんか。ワシ、そんな内容の書き込みしてたか?どない思う?」
「中井議員、おっさんという表現はチョット」
「あ、そうかあかんか。どうでもええがな。問題はその文章を読んで、そのように読み取れるかちゅうこっちゃ。あんたはどう思うねん」
「私には、違うように思えるのですが」

「俺が言いたかったんは、「何年後か、何十年後かに、あの議事録を読んだ人が誤解をするような表現は慎みましょう」というこっちゃ。それ以外にどう読めるこの内容で、ええぇ、」(皆さまも、もう一度読み返して下さったら嬉しいです。どこをどう読めば私が、前議員の関与を肯定していると思われます)
「ですけど、こうして事務局あてに質問(意見)が届いていますので、どのように回答しておきましょうか」

「せやからな、相手が市民であっても間違っていると思うことは、はっきりと「誤解されていらっしゃるのでは」と書いて送っとけ。もし前議員の斡旋が疑われるというのであれば「そのような発言をしたN議員に聞いてくれ」と、ワシが言うてた言うて回答しといてくれ」
「そのような事をしてもよろしいんですか」
「あたりまえじゃぁ。俺はあくまでも、N議員に誤解を招くような発言が有ったので、彼女の真意とその後の私なりの調査結果を書き込んで、「議員として留意するべきことが有るんじゃぁ無いんですか」と、N議員に対して意見を述べただけじゃぁ。判らんことはN議員に聞け言うて、回答しておいてくれ」
「判りました、ではそのようにしておきます」
「それとな、あのブログは議員個人が議員の責任において書き込みをされておりますので、議会事務局としてはそのような問い合わせにはお答え致しかねますが、云々。と書いときや。それでないと又送ってきょるでぇ」
「判りました」


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その他 | 17:57:26 | Trackback(0) | Comments(0)
現状
6月27日(月)から30日(木)迄、3泊4日の東北地方ボラボラ旅に行ってきたので、何回かに分けて報告を行いたいと思います。

6月27日は、8時10分発の日航で花巻空港へ行った。
空港からのレンタカー等すべての手配は済ませていただいていたので安心でした。

借りたレンタカーが、週末に入庫したところだそうで、全くの新車状態だった。
なんでも、最新式のナビが装着されているとか。
はっきりとは判らないが、新しい情報が外部から送られてきて最新の道路状況が反映されるシステムらしい。

これがとんだ優れものでした。
きっと他の地域でこれを使用すればこれほど便利な物は無いと思えるのだが。
なにせ、刻々と道路状況が変わる復旧途中の道路状況下でこれに頼ることはかなり無謀なものが有ったようだ。

最初の目的地として長船小学校を入れた。
この時点で、このカーナビ君悩み始めた。
最初表示された到着時刻が12時30分過ぎ。
順調に走っていると、画面に新しい道路情報が繰込まれ(?)たとか。

道路状況の変化で最短のコースが見つかったとかで、到着時刻が15分程度早くなった。
教えられるままに走っていたが、途中で震災の爪痕等まるでない。
順調そのものの状態で走っていた。

この家の角を(後日、ボランティア活動に行く途中に撮影した写真ですが、奥のライトを付けているトラックの当たり)曲がったとたんに
DSCN0653.jpg
この風景が現れます。
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被害地は、本当に100%壊滅状態か、殆んど被害が無いような状態か。
本当にはっきりしています。

被災地に突入してほんの少し走ったところで、また道路状況の変更があったとか。
急に、到着時刻が1時間遅くなり、走行距離も40kmも長くなった。
「いまさら、引き返せるか」状態の道路状況の中、最初の指示通り車を走らせていると、件の橋が流されてしまっている(その後、現場をうろうろして気付いたのだがもっと下流で緊急避難的な仮設の橋を通行させていたようだ?)仕方なく、前を走るダンプカーの後ろを付いてうろうろと。
気づけば、かなり上流に橋らしきものが見えている。
カーナビを全く無視して「勘と経験」を頼りに車を走らせることにした。

無事、今井京阪神運輸さんが実施してくれている長船小学校内の「希望の湯」に到着した
DSCN0630.jpg
が、「手伝う事はない」とのつれない返事で、翌日からの仕事がないことが決まった。
来た道沿いで、たまたま「陸前高田市ボランティアセンター」を発見していたので、そこで受付を済ませて問題は解決した。

まだ、宿に入る時間にも早すぎるので、とにかく被災現場を見て回ることに。
ということで、初回のブログの書き込みは被害状況について書き込みます。
当日分だけでなく、30日までボラボラ(うろうろ)とした被災地の様子を掲載します。

ちなみに、この4日間の車の走行距離が900kmに達しました。
道理で疲れるはずです。

DSCN0628.jpg
陸前高田の少し郊外で当日開店したお店やさんの風景です。

DSCN0670.jpg
29日に撮影した、お手伝いをさせていただいたおじさん達の集落が主に耕作していた水田の様子です。
ここらは、見渡す限りの水田だったとか、どこからこれだけのガレキが流れ着いたのか不思議で仕方ないと話しておられた。

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30日に行った「松島島めぐり遊覧船」の乗り場付近の被害状況です。
このあたりは、津波による被害はほとんどなく(勿論多少はあったので付近のお店やさんの開店状況も2割程度でした)、逆に「揺れ」による被害で
DSCN0704.jpg
崖が崩れたり、瓦がづれたので屋根をブルーシートで覆っていたり、道路が陥没して段差があったりといった状況でした。

DSCN0656.jpg
確か釜石の市街地だったと思います。
私が見てきた限りでは、ここと、陸前高田、大船渡、大槌、の被害がひどかった。

非常に不謹慎な言い方で申し訳ないが。
この釜石の市街地が、中途半端な被害である為に復興が遅れているのではないかとさえ思える。
他の地区は、完璧に近いほど破壊されつくしているので、片っ端から重機での取り除き作業が進んだのだろうが、ここは一見したら躯体がしっかりとした建物が点在するが故に復興の妨げになっているようだ。

この場所よりも、目抜き通りで有ろうと思われる所は、もっと顕著な状態だったと思う。
商店街のシャッターは軒並みつぶれている(応急処置は施された)状態で、開店している店舗は確認できないような形で、ゴーストタウン化していた。

このように、地域によって被害状況や復興の進捗状況も本当にまちまちでした。
やっぱり、直接現場に出向いて地元の方とのコミュニィケ―ションを交わすことの大切さを思い知らされた4日間でした。

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今日の1枚 | 08:37:51 | Trackback(0) | Comments(0)