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法話
4月26・27日、地元の金竜寺さんで「永代経法要」が営まれました。
作業6


春には「永代経法要」
秋には「報恩講法要」が営まれます。

若い時(40代)には、舅や姑が居たので私の出番は無かった。

舅が亡くなり。
姑も外出が困難になって。
仕方なく地元の様々な寄合にも参加するようになった。
当然のように、お寺の法要にも顔を出すようになった。

若い時(20代)に思いっきり人生について悩んだ時期があって。
そのころに宗教にはまりかけたことがあったし、今でも、仏教に関する読み物は好きなほうだ。

一番最初の法要の時は「ご法話」で
「どのようなお話してくださるんだろう?」
胸をときめかせて、参加させていただいた。

聞いている途中から
「?・?」
というのが正直な感想だった。

次の法要のときには、違うお坊さんだったが、やはり。
「?・?」
で終わってしまった。
もぅ少し、仏教の神髄に迫る話を期待していただけに、裏切られた感が強かった。

最悪なのは、それ以降も、其々の法要で同じ坊さんが同じ話を繰り返すだけ。
「それから、こうなるんやろ。それで?」
と思わず突っ込んでしまいたくなるほど退屈だった。
おかげで、義理と厄介だけで年2回の法要に仕方なく半日だけ法話を聞きに行くような状態が続いた。

住職が代わり、「ご法話」をしてくださるお坊さんも様変わりした。
いろいろな坊さんが、「ありがたい」お話を聴かせてくださる時もある。(当たり・はずれがかなり有る)

今回は「淺田惠真」師です。
浄土真宗は「他力本願」ですが、この方も(親鸞聖人がそうだったらしい)仏になりたくて「自力本願」の道に進まれたのだそうです。

ちなみに、仏教は「成仏教(仏に成る教え)」の略で、葬式がどうのとか、地獄・天国がどうのこうのというより、生きている時にどのようにすれば「仏」(悟りを開く)に「成る」ことができるのかを「教え」てくれるものらしい。
死後の世界の心配をせずに、安らかに生きることを目的としている。(と、私は理解しているのですが・・・・。)

この師は、血のにじむような修業をすれば、悟り(安らかに生きる・無我の境地)が開けることを信じて修業したのだそうです。

先日のご法話では、その時のすさまじいばかりの修業の一端を紹介して下さった。
しかし、この方はその厳しい修業の中でも悟りを開くこと(本願)はできなかったのだそうです。
自力本願の難しさと、他力本願を説く事の難しさを教えていただいた。(と、私は理解したのですが間違っていたらごめんなさい、まして短い文章で表現するのは余計に難しい)

今回の法要では3回ご法話を聴かせていただく機会があったのに、私の勝手な都合で1回しか聴かなかったことが残念です。
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テーマ:とりあえず書いとこ ~ф(゜゜) - ジャンル:日記

その他 | 11:46:24 | Trackback(0) | Comments(0)
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